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「日本の原子力は全体が利権になっている!」河野太郎議員会見 - BLOGOS編集部 - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース
原子力発電を推し進めてきた自民党の中で、反原発を叫んできた河野太郎議員が、自由報道協会主催で会見を開いた。利権の裏側を熟知したベテラン議員が癒着の現状を生生しく語り、原子力からの脱却、2050年までに再生可能エネルギー100%の実現を訴えた。
反核燃料サイクル
河野太郎:私の紹介に「反原発」とあったが、正式には「反核燃料サイクル」なんです。核燃料サイクルとは、原子炉でウランを燃やすと、使用済み核燃料が出ます。これを再処理すると、プルトニウムが取り出され、高レベル放射性廃棄物が残ります。このプルトニウムを高速増殖炉で燃やすと、投入したプルトニウム以上のプルトニウムを取り出しながら発電できるので、日本の電力は1000年、2000年でも大丈夫という触れ込みです。「それはすばらしい」と思っていたが、現実にはそうではない。
1970年には30年後には高速増殖炉ができると言っていた。30年経って見たら、もんじゅが事故を起こし、止まっている。政府は、高速増殖炉政府が2050年まではできないといっているが、(2050年までにできるかも)怪しい。
高速増殖炉がないのに、プルトニウムばかりがたまっている今の状況をどう説明するのか、隣の北朝鮮がプルトニウムを10キロ、人によっては50キロ持っていると大騒ぎしているが、日本が保有しているプルトニウムは40トンを超える。北朝鮮の1000倍持っている。このプルトニウムはどうするのか。高速増殖炉がないのに、六ヶ所村の再処理施設が稼動すれば毎年何トンものプルトニウムが出る。燃やす施設が無いのにプルトニウムを取り出すことに何の意味がある?という問いに対して、合理的な説明は全くない。
核のゴミをどこにどう処分するのか、日本では決まってない。地層処分するというが、これほど地震の多い日本で、地震がない、火山がない、地下水に影響を与えないというところを探せるのか?数百年管理できるのか?この問いに対しても、「これから探します、探すんです!」という精神論で返してくる。
プルトニウムをプルサーマルで燃やすというが、プルサーマルというのは、ウランを9、プルトニウムを1で混ぜた原料を燃やすこと。ウラン資源の再利用です!と言うが、ウラン燃料を1割削減するだけ。地球上のウランはあと70年で掘りつくされると言われている。つまりこのプルサーマルとは、70年でなくなる資源を77年に延ばす効果しかない。そこに何十兆円もかけるのか? そのお金でウラン鉱山を買ったほうが安い。
なぜ、こんな状況なのに六ヶ所村の再処理工場を稼動させるのかというと、福島の第2原発を始めとする何箇所かの原発の使用済み核燃料プールがいっぱいになってしまうからだ。いっぱいになると、原子炉を止めなくてはいけない。それは電力会社にとって大きな損失だ。六ヶ所村の再処理工場の原材料プールに移すことによって、原発のプールをカラに戻し、発電を続けたいという思惑だ。ところが、受け入れる青森県は「ウチはゴミ捨て場じゃありません、使用済み核燃料を持ってくるということは、再処理施設は稼動するんですね?稼動させてくださいよ。」という要求をした。そして再処理工場でアクティブ試験をやりました。アクティブ試験というのは、実際にプルトニウムを使ってやる試験のこと。これをやって、施設内部にプルトニウムが沢山付着してしまった。これを今から解体しても2兆かかる。
と、言うように、日本の核燃料サイクルにはおかしなところが沢山あり、だれも合理的に説明できない。高速増殖炉が経済的にも合理的なものになるまでは、使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出すべきではないとずっと言ってきた。ゴミ捨て場もきまらないのだから、少なくともゴミを出す原発を増やすべきではない。
福島の事故のあとは政治の意志として、新規立地はやらない、危険な原発は止める。安全性の再確認をきちんとやる。これが必要だ。新規立地をやらなければ、原発の耐用年数は40年のため、2050年には全ての原子炉が廃炉になる。そうやってだんだんと原発が無くなっていく過程で、一つは、合理的な省エネをしっかりやる。電球をLEDにするとか、消費電力の少ない家電に取り替えるとか。もう一つは、原子炉が無くなる2050年には、日本は再生可能エネルギー100%でやろうという政治的目標を掲げて、研究の支援や、電力の買取制度など、政治が旗振りをして行くことで、世の中をそちらに向けねばならない。それで足りなければ、最もクリーンな天然ガスを中継ぎに使っていくべきだと考えている。
これまで、電力会社、電気事業者連合会、経済産業省がとにかく原子力の利権を守ろうとマスコミを巻き込んで、「原子力は大事なんだ、安全なんだ」というプロモーションをやってきた。テレビも経営が苦しいのはわかるが、だからと言って、広告宣伝費で心まで売ってしまうのはマスコミとしてどうなのか。公益企業で地域独占なのだから、なぜ今、広告をする必要があるのか、東電の賠償金をどうするかと議論しているときに、「節電しよう」というCMを平気で流しているTV局には考えてもらわないといけない。
2011年4月28日木曜日
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